その他(教育・研究)
第01回 (2001.01.19 図の追加)
【 三国山地平標山に分布する第四紀末期のテフラ】
苅谷愛彦・佐々木明彦・新井房夫(1998)地学雑誌、107,92-103
佐々木明彦・苅谷愛彦(2000)季刊地理学、52,283-294 にもとづく

【図0】
平標山(たいらっぴょうさん;1984m)は新潟県湯沢町苗場スキー場の東にあります。 平元新道を登り切った尾根上には水の旨さで知られる平標山の家があり、 そこから木道の尾根道を北にたどると山頂です。 天気がよいと浅間前掛山や榛名山、白馬岳が見えます。 T30やT31は本研究で記載された露頭ですが、現在は植生に覆われ観察できません。 またT17やT16bを通る道は登山道浸食の防止策として、最近閉鎖されました。 図は国土地理院1:2.5万「三国峠」を基図とし、等高線間隔は10 mです。

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【図1】
東からみる平標山。図右手の稜線の両側に丸みのある化石周氷河性平滑斜面が、 また図のやや左には少し凹んだ化石残雪凹地がみられます。 いずれも植生に覆われていますが、 約9000年前まで植被に乏しい岩屑斜面だったと想像されます (高田1986;地理学評論)。その後、温暖化・多雪化に伴って植物が侵入し、 泥炭質土層(土壌学で高山草原土・高山湿草地土という)が生じるようになりました(図4-6)。 土層の厚さはせいぜい1 mですが、時間指標となる細粒テフラ(火山灰)を何層も挟みます。 また花粉化石や植物珪酸体も豊富に含むので、 未知な点が多いこの山域の古環境を解明する鍵になりそうです。 1992年から、私は佐々木さん・新井さんと土層やテフラを調べ続けています。1990年10月。

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【図2】
平元新道・標高1470m付近のブナ・ミズナラ林。 林床に背丈ほどのチシマザサがみられます。 この付近では急斜面を除いて砂礫質シルト土層(褐色森林土)が分布し、 その地表下約1mに浅間草津テフラ(As-K;約16000年前の黄色軽石粒)が挟まれます。 さらにその下に乱雑な周氷河性砂礫層が分布します。 このことから、As-Kが降下する16000年前より古い時代、 この付近は森林限界以高の高山帯(周氷河帯)だったことがわかります。1996年7月。

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【図3】
平標山南尾根標高1700m付近から南を望む。 正面左は大源太山(1764m)、手前鞍部に平標山の家がみえます。 鞍部直下の標高1600m付近に森林限界があり、それ以高はチシマザサが卓越する偽高山帯 (ぎこうざんたい)になります(図手前)。 ここは山地帯の上位にあたり、亜高山針葉樹林に覆われてもよい高度帯ですが、 実際は低木や草本に被覆されて高山のような景観を呈します。 このため偽高山帯よばれます。偽高山帯の成因には諸説ありますが、 決着はついていません。大源太山は山頂までブナやミズナラに覆われ、 至近に対峙する平標山と趣が異なります。1993年11月。

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【図4】
平標山南尾根標高1920m付近の雪田草原。草原は7月上旬まで雪が残ったり、 湧き水が豊かな斜面に成立します。 草原内に池塘(水たまり)がみられることもあります。 草原を構成するイワイチョウやショウジョウスゲは紅葉していますが、 消雪が早い草原周辺の斜面を覆うチシマザサは緑のままです。 登山道浸食のため露出してしまった草原の地下の泥炭質土層と、 その下の周氷河性岩屑に注意して下さい。現在、草原や池塘では泥炭が集積しているので、 周氷河岩屑を覆う泥炭質土層は過去のある時点における草原の成立とその後の存続を示唆します。 テフラの年代から、多くの草原が9000-7000年前に成立したと考えられます。 また草原の立地は消雪と密接に関係するため、 その面積は気候変化に応じて変化しつつ今に至っている可能性があります。 しかしいつ、どのように変化したのかはよくわかっていません。1990年10月。

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【図5】
T31(標高約1950m;図0)の土層断面。 図6もみてください厚さ約80cmの泥炭質土層から9層10種類のテフラを発見しました。 写真左の白ラベルの層準にテフラがあります。 上から、榛名二ツ岳伊香保(Hr-FP;AD525-550)、 榛名二ツ岳渋川(Hr-FA;AD500-525)、妙高大田切川(My-Ot;4700年前)、 浅間平標山第1(As-T1;4900年前)、浅間平標山第2(As-T3;6300年前)、 妙高赤倉・浅間平標山第3(My-A/As-T3;6600年前)、浅間平標山第4(As-T4;6800年前)、 鬼界アカホヤ(K-Ah;7200年前)、浅間平標山第5(As-T5;7500年前)です。 また土層の下の岩屑層に浅間草津を認めました(図範囲外)。 My-A/As-T3は見かけ上1枚の薄いテフラですが、 実際は層相や岩石学的特徴が異なる2種のテフラが累重しています。 これは尾瀬ヶ原の泥炭層に挟まれるテフラX(阪口、1989:尾瀬ヶ原の自然史、中公新書928)と同一です。 尾瀬でも平標山でも、My-AとAs-T3の間に泥炭や土層が全く存在しないので、 長くとも半年以内に浅間・妙高両火山が噴火したと考えられます。 またAs-T1-T5が浅間前掛山から飛散したのはほぼ確かですが、給源山麓のテフラ層序との対比ができていません。 これらのテフラは、会津駒ヶ岳など平標山の周辺にも広く分布しており (Takaoka and Kariya, 1998;Jpn. J. Forest Environ.)、 上越-東北南部の完新世タイムマーカとして有用です。1996年7月。

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【図6】
主な露頭の柱状図。各テフラの略号と年代は上記解説を参照してください。

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平標山:
上越線越後湯沢駅発浅貝行きバス元橋停留所、 または国道17号線元橋駐車場から平元新道経由で平標山の家まで徒歩2.5時間。山頂はさらに0.8時間。
木道を外れて歩かないこと。 植物・土石の無断採取は法で禁じられている。


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