その他(教育・研究)
第07回 (2003.01.07)
【 梅雨明け直前 白馬岳に昇る 】
2002年7月15-18日 長野県白馬村・富山県宇奈月町

【図0】
産業総合技術研究所地質調査総合センター 「白馬岳地域の地質」 (中野ほか;2002)作成業務にかかわって以来、白馬岳地域の地学現象の面白さを改めて認識しました。 私の専門分野の周氷河地形・地質学だけでなく、糸魚川-静岡構造線活断層系神城断層などに起因する 活断層変位地形、風吹岳を中心とする火山地形、全域に分布する地すべり地形など、 本地域は教育・研究の面白い題材を提供してくれています。 しかも、解明・追試を待つ多くの研究課題も残されており、好奇心を刺激してくれます。 7月15日 白馬尻・雪渓末端。

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【図1】
白馬岳への経路は複数ありますが、 一般的なのは松川北股入大雪渓を直登するコースです。 一般自動車進入限界である猿倉から徒歩約 1.2 時間で大雪渓下端の白馬尻に着き、 さらに上流をめざします。 梅雨末期なら約 20 分で雪渓末端が現れるので、 そこでアイゼンを装着したり荷物を再確認します(図0)。 準備が整ったら雪渓に降り、紅い籾殻のラインを忠実に辿って登はん開始です。 踏跡が明瞭なので苦はありませんが、ガス(霧)が出てきたときは落石を頻発させている 杓子岳方面の「音」に気遣い、高度を稼ぐようにします。 写真前景の巨礫も杓子岳方面から供給され、雪渓上を滑落してきたものでしょう (防水ケース入りカメラ撮影のため画像の一部に乱れあり)。7月15日大雪渓。

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【図2】
大雪渓最上部の急登を越えると、左手に杓子岳北面の圏谷(カール)がみえてきます。 その底には、地表面に溝状ないし畝(うね)状の凹凸をもった岩屑堆積地形が分布します。 ここに限らず、飛騨山脈の圏谷底には岩屑集積地形(崖錐)が頻繁にみられますが、 杓子岳の岩屑堆積地形は表面に凹凸を伴う点が特異で、最近注目されています。 なぜなら、この岩屑の地下に永久凍土が存在することが疑われているからです。 極圏や高標高の山岳には永久凍土が現存しますが、温暖な日本では富士山と大雪山、 立山内蔵助圏谷で確認されているに過ぎません。確実な証拠はまだ発見されていませんが、 杓子岳北面圏谷で永久凍土が確認されれば、その分布や形成時期をめぐり新たな議論がおこるでしょう。 7月15日 石室避難小屋直下。

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【図3】
今回の調査目的は、白馬岳北方にある「長池」周辺の地形発達史解明のための基礎資料集めです。 白馬岳北方の顕著な分岐点(三国境)から俯瞰した長池は、 なだらかなで幅広の谷底にぽつんとみえ、 周囲のオオシラビソや残雪とともに美しい点景をなしています。 長池は高山地形研究グループ(1978)や Iwata(1983; Geogr. Rep. Tokyo Metropol. Univ. ) が地形形成プロセスの観測を行った場所で、日本の高山地形研究のメッカともいえます。 最近、私たちは長池やその周囲の地形が大規模地すべりに起因する可能性が高いことに気づきました。 長池周辺の土塊が後方回転(スランプ)すべりを起こし、黒部川支流柳又谷源流に移動したというものです。 これが事実なら、長池周辺の地形形成環境や植生分布を規定する積雪パターンも 斜面変動の前後で大きく変化したと考えられます。7月17日 三国境付近から柳又谷源流。

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【図4】
三国境の北から残雪をたどって長池に下ります(関係官公庁許可済)。 そこには地すべり地形学の教科書で見たのと同じような微地形が発達していました。 流動方向への物質移動が相対的に速く、そこでの土塊内応力が引張場になることで生じる 直線-弧状のテンション・クラック(凹地)をはじめ、 物質移動速度が一時的に低下するために生じるプレッシャー・リッジが見られます。 溝状凹地に一歩足を踏み入れると、雪解けを待っていた高山植物が競って咲き乱れていました。 そこは静寂な空間が支配していました。背後の山は鉢ヶ岳です。7月17日 長池南方の線状凹地。

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【図5】
山の夕飯は日没前にあらかた調理してしまい、20時前には片づけも終わってしまいます。 その後の過ごし方はパーティーにより様々と思いますが、 研究者は往々にして昼間見た露頭の解釈や今後の研究計画、 果ては同道している大学院生の進路相談などをネタにして話しこんでいるのではないでしょうか。 話が一段落したら自分のテントに戻り、ランタンを灯して、 ラジオと風の音を子守歌にシュラフで夢見ることにしましょう。 下界は梅雨末期で蒸すというのに、白馬岳あたりは息も白くなるほど冷えこんできました。 その分、星がきれいな夜になりました。7月17日 村営小屋幕場。

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【図6】
日本は世界有数の多雨気候下にあります。 私たちの下山日も中部地方にまとまった降雨がみられました。 ときに短時間に強い降雨が生じることがあり、高山でも土砂流出・移動現象が生じます。 それらはウオッシュや土石流、ラピッド・ソリフラクション、地すべり、崩壊を主としています。 朝食を慌ただしく済ませた私たちは、雨のなかで慌ててテントを撤収し、 ガスで右も左もわからない大雪渓を駆け足で下って、数日前に通ったブナ林を抜けて猿倉をめざしました。 心なしか、ブナの若葉が成長したように思えました。7月18日長走沢付近。

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