近況 2003年4月

 

 昨年度は特に秋口に、教養委員長の雑務に追われまくっていましたが、「何でもするから、3月にはドイツに行かせてください!」と言い続けたおかげで、3月12日からベルリンとウィーンに行くことができました。例年のごとく毎日、16本の舞台を見てきました。例によって予習に追われ、胃をおさえながらの日々でした。帰国は29日。年々、時差がつらくなり、今回は体調が戻るのに一週間が必要でした。

 全体感想は、とにかく、ベルリンがおもしろい!特に東ベルリン地域がおもしろい!東西統一から14年目に入り、ようやく、ドイツ本来のエネルギーが破裂しつつあるように思えます。経済不況は日本以上に深刻ですが、とはいえ、もともとの底力がありますから。

 東がおもしろいというのは、ポツダム広場やフリードリヒ通りなど、もともとがほとんど何もないところが、一気に建築ブームで、クレーン林立状態から、だいぶ形が見えてきたからです。特に現代美術が都市計画とリンクしたおもしろさで、これが演劇にフィードバックしています。去りがたい思いでウィーンに行きました。来年からは、ベルリン中心の日程にします。

 ちなみにイラク攻撃の始まった日にはウィーンにいましたが、昼頃から緊急デモが学生中心(高校生も多かった)に行われ、その後は、連日、デモが繰り広げられていました。日本から見ると中東は、遙か遠くという印象ですが、ドイツから見ると、イラクはすぐ近くのイメージがあります。

 それと今回はベルリンでも、ウィーンでも、インターネット・カフェをタップリと利用できました。ベルリンはクーダムの中心に何百台もの大きな規模のところ、ウィーンでは小さなインターネット・カフェ(私の確認では三つ)が利用できて、10分で100円程度の費用です。日本語のホームページもEメールも、なんの問題もなく読めます。ただし、日本語で書きこむ方法は、帰国直前までよくわからず、ローマ字で送っていましたが、これも帰国直前に日本語入力方法が判明しました。

 

今回の観劇ラインナップは以下の通り。○はオススメ、◎は絶賛。

 

<ベルリン>

○3月12日 ベケット『幸せな日々』ベルリーナー・アンサンブル

   演出がエディット・クレーファー。主演のユッタ・ランペはドイツを代表する女優の一人。半身が埋まった中での台詞だけの不条理劇ですが、全く飽きずに見せるのだからたいしたものです。

○3月13日 トーマス・ベルンハルト『ボリスのための祝い』ベルリーナー・アンサンブル

 初期のベルンハルト劇で、まだ後期の罵倒節が不明確ながら、最後の三幕目の障害者によるアンサンブル、パーティのグロテスクな舞台作りがミソでしょう。

3月14日 ゲルハルト・ハウプトマン『ミヒャエル・クラーマー』ベルリーナー・アンサンブル

 ひどく古風な父と息子の葛藤テーマで、テクストも舞台も、あまりおもしろくなかったが、席は満杯で、カーテンコールもお座なりではなかった。きちんと理解できていなかったのかもしれない。

◎3月15日 チェーホフ『三人姉妹』ドイツ劇場

  演出が、このところ人気上昇のミヒャエル・タールハイマー。唖然として、最後までそれが続く衝撃的な舞台。これを見るためだけでも、もう一度ベルリンに行きたい!それほどのスバラシイ舞台でした。これに関しては、別途書く予定です。

○3月16日 イプセン『ノラ 人形の家』シャウビューネ劇場

演出がオスターマイヤー。直後よりも、次の日になってからの方が印象が強い。あたかも『ロメオとジュリエット』のような疾走感・・・と書くと奇妙に聞こえるかな?最後にノラが、夫をピストルで撃ち殺すという結末に賛否が分かれるだろう。

3月17日 レッシング『賢者ナータン』ベルリーナー・アンサンブル

  演出がパイマンということで期待したが、まあ、地味な内容なので、刺激的な舞台というわけにはいかない。舞台装置一切無しの全く裸の舞台。

○3月18日 ルネ・ポレシュ『Insourcing des Zuhauseフォルクスビューネ・プラーター劇場

   さて、なんと訳せばよいのか悩む題名で、『Sex』などと全く同じコンセプト。三人の女性がひたすらわめき合い続け、合間にマイクやビデオで、もう、全くわけのわからない舞台。これもいずれ、どこかで触れねばならない今回の収穫の一つ。

 

<ウィーン>

○3月19日 ヤシミナ・レツァ『芸術』アカデミー劇場

フランスの若い作家の、ややブールヴァール的な軽さで、よく考えると、結構重いテーマを笑いに包んでいる。三人の友人の一人が真っ白なキャンバスの現代絵画を高額で購入することから来る、会話のドタバタ劇。

 3月20日 シラー『たくらみと恋』 フォルクス劇場

  演出よりも、演技を楽しむという典型的なウィーン演劇。リズミカルでダレない舞台作り。

 3月21日 トーマス・ベルンハルト『山々に憩いあり』ヨーゼフシュタット劇場

  ベルンハルトそっくりの外見の主役を持ってきて、妻が好演。ただ、台詞にやや色彩が乏しく、全体に小粒の舞台。小道具の使い方はウマイ。これも初期作品で、ベルンハルト本来の毒が形成途上というのが、よくわかる作品。

 3月22日 クライスト『こわれがめ』フォルクス劇場

  現代風の演出だが、解釈は平凡。ただ、見せる工夫は達者。例えば奥の大きな入り口が開くと、雪の降る暗い寒い中に、原告も被告もぶるぶると震えて待っている等々。

     3月23日 ホルヴァート『信仰 希望 愛』 ブルク劇場

これは見でのある舞台。前舞台が細長いプールになっていて、主人公がそこで溺れながら、必死に切れ切れの台詞をわめく場面から始まる。全体が水槽の中というコンセプトで、柱が何本も立つ暗い舞台は、作品の主旋律である不安と閉塞を象徴的に際だたせる。例えば、一夜があけて、コーヒーを入れている主人公に、「ぼくのどんなところが気に入ったの?」と尋ねられた瞬間、彼女の目は焦点を失って宙をさまよい、完全に固まってしまう。不自然に長いストップモーション等々。

     3月24日 ニール・サイモン『サンシャイン・ボーイズ』アカデミー劇場

アメリカの人気作家の「笑える」作品を、フォスとキルヒナーの人気随一のコンビで。役者を見る舞台。テクストだとウィリーの変人ぶりが強調されるが、舞台ではキルヒナーの相方の異常な潔癖ぶりが、乱雑で汚い部屋の主と対照されて、おかしみを呼ぶ。これも細かな工夫は随所。

×3月25日 オッフェンバッハ『ホフマンの舟歌』国立オペラ座

  以前、同じオペラ座の同じ演目で、かつてないモノスゴイ「ブラボー」を経験したことは記憶に強い。・・・で、今回は、主役が風邪をひいていて、それなりに聞かせるものの迫力不足は否めず、途中でセキをしたり・・・ついに三幕目で破綻してしまった。最後のカーテンコールで平謝り。こんなこともあるのだと、かえっておもしろかった。

     3月26日 フブシ・クラーマー『生徒ヒットラー』ラーベンホーフ劇場

   初演直後の新作で、短いが、これは素材のおもしろさで、今後話題になると思われる。

  3月27日 シラー『オルレアンの少女』ブルク劇場

   シラーというのは、本当によくできたテクストで、ドイツのシェイクスピアと言われるのも納得できる古典的傑作とシミジミ思う。ただし舞台は、要するに現代風の西洋歌舞伎で、滔々と流れる名ぜりふのリズムに酔っぱらうという、要するにブルク劇場の伝統舞台ということ。コトバのオペラ。